【亜鉛は、“痛み”の緩和にも関わる大切なミネラル】
亜鉛は体内において鉄についで2番目に多く存在する金属元素であり、免疫機能や生殖機能、あるいは、酵素活性やタンパク質合成といった生命活動において重要な役割を果たしています。中でも、『中枢神経系には亜鉛(Zn2+)の形で特に多く局在』しており、長期増強の形成や疼痛の伝達を含むさまざまな神経活動に関与することが知られています。
中枢神経におけるZn2+のおもなターゲットのひとつは『NMDA型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)』です。NMDA受容体は2つのNR1サブユニットと2つのNR2サブユニットが対角線上に配置されたヘテロ四量体であり、グルタミン酸により活性化され非選択的なイオンチャネルとして働きます。
Traynelis, S. F., Wollmuth, L. P., McBain, C. J. et al.: Glutamate receptor ion channels: structure, regulation, and function. Pharmacol. Rev., 62, 405-496 (2010)
体内の遊離Zn2+はこのZn2+結合部位と結合することでNR2Aサブユニットを含むNMDA受容体の活性を抑えることが報告されています。
Paoletti, P., Perin-Dureau, F., Fayyazuddin, A. et al.: Molecular organization of a zinc binding n-terminal modulatory domain in a NMDA receptor subunit. Neuron, 28, 911-925 (2000)
NR2AサブユニットのZn2+結合部位において要となるアミノ酸残基はいくつかありますが、中でも128番目のヒスチジン残基をセリン残基と置き換えた変異型NR2Aサブユニットを含むNMDA受容体は、外部から加えられたZn2+の影響を受けないことが報告されています。
Fayyazuddin, A., Villarroel, A., Le Goff, A. et al.: Four residues of the extracellular N-terminal domain of the NR2A subunit control high-affinity Zn2+ binding to NMDA receptors. Neuron, 25, 683-694 (2000)
局所あるいは全身に投与されたZn2+が、既存の鎮痛薬ほどではないにしても有意な鎮痛効果を持つことは知られていますが、どのような機序で疼痛を抑制するのかは明らかではありません。そこで,Zn2+を野生型マウスの髄腔内あるいは皮下に投与し抗侵害効果を検討しました。髄腔内あるいは皮下投与のいずれの場合も野生型マウスにおいて、弱いが有意な抗侵害効果が認められました。しかし、NR2Aサブユニット変異マウスではこのZn2+の抗侵害効果が認められませんでした。
さらに慢性疼痛に対する効果を検討するため、Zn2+を炎症性疼痛あるいは神経障害性疼痛を誘導した野生型マウスの髄腔内あるいは皮下に投与したところ、熱刺激および物理刺激のいずれに対する知覚過敏もほぼ完全に抑制され正常値に回復することが確認されました。
一方、これらの鎮痛効果はNR2Aサブユニット変異マウスにおいてはほぼ完全に消失することがわかりました。以上により、Zn2+は慢性疼痛における痛覚過敏を非常によく抑制することが確認され、さらに、この鎮痛効果はZn2+がNR2Aサブユニットを含むNMDA受容体の活性を阻害することによりもたらされることが示唆されました。
Chihiro Nozaki, Angela Maria Vergnano, Dominique Filliol, Abdel-Mouttalib Ouagazzal, Anne Le Goff, Stéphanie Carvalho, David Reiss, Claire Gaveriaux-Ruff, Jacques Neyton, Pierre Paoletti, Brigitte L. Kieffer Nature Neuroscience, 14, 1017-1022 (2011)
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